横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)116号 判決 1991年3月26日
原告
遠矢大
同
遠矢徹
同
遠矢明大
同
遠矢真人
右明大、真人法定代理人親権者父
遠矢大
原告ら訴訟代理人弁護士
濱田源治郎
同
柴田憲一
被告
株式会社忠実屋
右代表者代表取締役
高木吉友
右訴訟代理人弁護士
宮瀬洋一
同
久江孝二
被告補助参加人
八島貞夫
右訴訟代理人弁護士
谷口隆良
同
谷口優子
同
海野宏行
主文
一 被告は、原告遠矢大に対し、金一二五〇万円、原告遠矢徹、同遠矢明大、同遠矢真人に対し、各金四一六万六六六六円ずつ及びこれらに対する昭和六〇年二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告遠矢大に対し、金一二五〇万円及びこれに対する昭和五八年四月一日より支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告遠矢徹、同遠矢明大、同遠矢真人に対し、各金四一六万六六六六円及びこれらに対する昭和五八年四月一日より支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁(被告及び被告補助参加人)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(一) 被告は、いわゆるスーパー経営等を営む株式会社であり、座間市相模が丘一―二七―二〇の四階建ビル内において、忠実屋小田急相模原店(以下「被告店」という。)を経営している。
(二) 被告は、被告店において、各階及び階上において販売する各種商品を明示した案内板を掲示し、とくに屋上にはプレイランド及びペット販売をしている旨を、さらに全店の営業時間は午前一〇時から午後七時までであることを表示して、被告店で販売する商品は全て被告が販売するものとの印象を顧客に与えている。
2 原告遠矢徹(以下「原告徹」という。)は、昭和五八年二月七日被告店の屋上にあるペットショップ八島こと八島貞夫(被告補助参加人、以下単に「補助参加人」という。)から手乗りインコの雛二羽(以下「本件インコ」という。)を購入したが、冬期で、しかも幼鳥であったことから、自宅の居間において原告ら及び訴外遠矢明美(以下「訴外明美」という。)の家族全員で飼育していた。
3 ところが、本件インコは、オウム病クラミジアを保有していたため、そのうち一羽が、購入後一週間してから摂餌しなくなって同年二月二八日頃に死亡し、他の一羽も同様の症状を呈して同年三月一一日に死亡した。
4 右オウム病クラミジアを保有している本件インコを被告店より購入したことにより、原告ら家族は、次のとおりオウム病性肺炎に罹患し、その生命もしくは身体を侵害された。
(一) 訴外明美は、昭和五八年二月中旬頃より風邪と同じ症状を呈し、二月下旬頃から三八〜九度の高熱・食欲不振を覚え、三月上旬から訴外中沢医院に通院治療していたが(診断名・右気管支肺炎)、一向に治癒せず、体の衰弱が顕著となり、同年三月三一日死亡した。解剖の結果、その死因はオウム病性肺炎であった。
(二) 原告遠矢大(以下「原告大」という。)は、同年二月二八日頃より高熱を発し、悪寒、倦怠感の症状を呈し、風邪だろうと思い自宅療養していたところ、同年三月二日に突然意識不明となって訴外淵野辺病院に入院し、同月一一日に退院した。
(三) 原告大夫婦が病床にあったため、同年二月二八日頃より同年三月一七日まで原告ら家族の手伝いに来ていた訴外明美の実母訴外東鶴園秋江(以下「訴外秋江」という。)も右同様の症状になり、訴外中沢医院に通院し治療を受けた。
(四) 原告徹及び原告遠矢真人(以下「原告真人」という。)も同年三月上旬に右同様の症状が出たが、軽度であった。
5 被告には、以下のいずれかの責任がある。
(一) 動物占有者の責任(民法七一八条一項)
民法七一八条一項の動物の「占有者」とは、同条の危険責任の法意からして、損害の発生(危険)を防止しうる立場にあり、かつ、危険な動物を保有・販売する地位にあった者と解すべきであり、必ずしも動物の直接占有者に限られない。そして、被告は、被告店において、商品を販売するため、オウム病クラミジアを保有するインコを飼育占有していたものであり、右インコが保有するオウム病クラミジアが買主である原告徹のみならず家族である訴外明美及びその余の原告らに感染して、訴外明美の生命侵害、原告らの身体傷害を生じさせたものであるから、被告は、動物占有者としての損害賠償責任がある。
(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
オウム病クラミジアは、特にインコ・オウム類の多くが保有し、人体に感染すると(排泄物や羽毛から空気中に漂っているものを吸入して伝染する経気道感染と餌の口移し、咬傷などによる濃厚感染とがある。)、不顕性のときもあるが、約一〇日間の潜伏の後、高熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、倦怠感、めまいなどの症状(これが、いわゆるオウム病である。)を示し、死に至ることもある危険性の高いものであるが、検疫を行い、病原体をもつインコには、テトラサイクリン系抗生剤を餌に混ぜたものを与えさえすれば、オウム病の発症は容易に防止できるものである。そして、ペット、特にインコ類を販売する業者は、病原菌の有無の検査、仕入れ先の確認、飼育における衛生的状態の確保、週密飼育の排除など、購入者及びその家族(同居者)のオウム病発症を防止し、その生命、身体、財産上の法益を害しないように配慮すべき注意義務を尽くした上で販売すべきものである。
ところが、被告は、百貨店(スーパー)業者でペット販売をその業務内容の一つとしており、しかも、昭和五八年二月七日当時、新聞記事等でオウム病の危険性を十分に知っていたか、または、知りうる状況にあったにもかかわらず、右注意義務を尽くすことなくオウム病クラミジアを保有する本件インコを販売した過失により、訴外明美に生命侵害、原告らに身体傷害の損害を与えたものであるから、不法行為による損害賠償責任がある。
(三) 契約責任(民法四一五条)
百貨店業者である商品販売業者は、顧客である商品の買主に対して、単に商品を引き渡す基本的給付義務だけでなく、信義則上それに付随して、商品の販売によって買主の生命、身体、財産上の法益を害しないように配慮すべき注意義務を負っているものであって、瑕疵ある商品を買主に交付し、その瑕疵によって買主に損害を与えた場合、積極的債権侵害ないし不完全履行としての損害賠償責任がある。そして、右の契約上の責任は、買主に対するだけでなく、信義則上その商品の使用、消費(商品が本件インコのようなペット商品である場合には飼育)が合理的に予想される買主の家族や同居者に対しても生じるものである。
従って、被告は、その営業店舗において、オウム病クラミジアを保有するインコを販売して買主である原告徹に交付し、右インコ飼育中に、右インコが保有するオウム病クラミジアに感染してオウム病に罹患した訴外明美及び原告らの損害について賠償すべき責任がある。
(四) 名板貸人の責任(商法二三条)
仮に、被告が、本件インコの売主でなく、補助参加人に店舗の場所を賃貸しているだけであるとしても、本件インコの売主である補助参加人に、前記(一)ないし(三)のいずれかの責任が生じることは明らかである。
そして、被告は、同一外観の営業店舗を各地に設け、その商号である「忠実屋」について営業上の信用や名声を博しているものであるところ、被告のテナントである補助参加人にその信用・名声を利用させ、その対価を賃料名目で収受しているのであるから、補助参加人に対し、自己の商号利用行為について明示の許諾を与えているものといえる。
また、商法二三条に規定する「取引」には、商取引はもちろんのこと、適法行為の外観をもつ不法行為を包含する。原告徹が補助参加人の販売行為を被告の販売行為と誤認し、本件インコを購入した結果、訴外明美及び原告らが前記生命侵害ないし身体傷害を受けたのであるから、被告は、表見的営業主として、原告らの蒙った後記損害を賠償する責任がある。
6 原告らの損害 合計三九九八万〇一二六円
(一) 訴外明美の損害
(1) 逸失利益 二一三四万五五六九円
年収一九五万五六〇〇円(昭和五六年賃金センサス)
生活費控除 三〇パーセント
就労可能年数 三一年
(ライプニッツ計数15.593)
1,955,600円×0.7×15.593
=21,345,569円
(2) 慰謝料 一四〇〇万円
(二) 原告らの相続
原告大は訴外明美の夫、原告徹、同遠矢明大(以下「原告明大」という。)、同真人はいずれも同人の子であり、訴外明美の死亡により、原告大は二分の一宛、原告徹、同明大、同真人はそれぞれ六分の一宛右訴外明美の損害賠償請求権を相続した。
(三) 原告ら固有の慰謝料
(1) 原告大 四〇万円
(2) 原告徹、同明大、同真人 各二〇万円
(四) 弁護士費用
(1) 原告大 一八一万七二七七円
(2) 原告徹、同明大、同真人 各六〇万五七六〇円
(五) 以上によれば、原告らの損害は次のとおりとなる。
(1) 原告大 一九八九万〇〇六一円
(2) 原告徹、同明大、同真人 各六六九万六六八八円
7 よって、原告大は、被告に対し、右損害のうち一二五〇万円及びこれに対する訴外明美死亡の日の翌日である昭和五八年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告徹、同明大、同真人は、被告に対し、右各損害のうちそれぞれ四一六万六六六六円及びこれに対する訴外明美死亡の日の翌日である昭和五八年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
(被告)
1 請求原因1(一)の事実は認め、同(二)の事実は否認する。
2 同2、3、4の事実は知らない。
3 同5の主張はすべて争う。
(一) 動物占有者の責任について
被告店の屋上のペットショップは、被告が場所を賃貸している補助参加人が経営しているものであり、被告は、被告店ではペット類を販売していない。
民法七一八条一項にいう動物の「占有者」とは、本件に即していえば、原告徹ないし原告ら自身であって、被告は、本件インコについての直接占有はおろか間接占有も有しない。
(二) 一般不法行為責任ないし契約責任について
被告が、原告徹に本件インコを販売したことはない。仮に、原告徹が本件インコを購入したとしても、その売主は補助参加人である。
(三) 名板貸人の責任について
被告は、被告店の屋上の一角を補助参加人に賃貸していたが、被告の商号を使用して営業することを許諾したことは一切ない。それどころか、被告は、補助参加人に対し、被告名義を掲げて営業することを厳禁しており、実際の営業にあたっても、被告の営業と補助参加人の営業が混同されないような配慮を尽くしている。
また、ペット類という生き物の売買である以上、売買時点で本件インコに異常がなければ、その後病気になったとしても買主の責任とするのが商慣習である。更に、テトラサイクリンなど抗生剤の使用は、異常が発生したときに、獣医師の判断に委ねるのが筋であるから、売主としては、販売にあたり、インコの体内からオウム病クラミジアを完全になくしたり、あるいは、体内にオウム病クラミジアのないインコを売るべき義務まではないというべきである。結局、仮に、補助参加人が、原告徹に本件インコを販売し、そのインコがオウム病クラミジアのキャリアであったとしても、補助参加人には販売者としての責任はないし、当然、被告にもその責任はない。
4 同6(損害)の主張は争う。
(被告補助参加人)
1 請求原因1ないし4の事実はいずれも知らない。
2 同5、6の主張は争う。
仮に、補助参加人が原告徹に売ったインコがオウム病クラミジアを保有していたとしても、もともと動物は雑菌を持っていて危険であり、その危険はそれを自分の身近に近づけた者の責任で処理するのが現行法の建前である。原告は、検疫を行い、これらの病原体をもつインコには、テトラサイクリン系抗生剤を餌に混ぜたものを与えれば容易に防止できると主張するが、国の防疫対策の不備を非難するものであればともかく、弱小業者である補助参加人に対して国すらできない予防策を求めることはできないと言わなければならない。
また、インコの病原菌は通常の健康管理で拡散阻止ができるものであるにもかかわらず、本件において、訴外明美の死亡という重大事態を引き起こしたのは、長く続く高熱、肺炎症状等、医師として専門的に判断すればオウム病であることを容易に発見しえたのに、単なる風邪と誤診し、その見込みから脱せず、適正な治療の機会を失った訴外中沢医師及び淵野辺病院の医師の典型的な医療過誤によるものであるから、補助参加人の販売行為と訴外明美の死亡の結果との間には因果関係がない。
第三 証拠<省略>
理由
一本件インコの売買とオウム病の発生
請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがなく、右事実に<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 被告は、いわゆるスーパー経営等を営む株式会社であり、神奈川県座間市相模が丘一―二七―二〇において被告店を経営しているが、遅くとも昭和五三年三月以降、その屋上(五階)の一部15.26坪(別紙図面の赤線で囲む部分)を、補助参加人に賃貸し、補助参加人は、同所でペットショップを営んでいた。
2 原告大及び訴外明美は夫婦、原告徹、同明大、同真人は同人らの子であり、原告ら家族は、昭和五八年二月当時、相模原市麻溝台二八〇五―八所在の二階建住宅に居住していた。また、訴外秋江は訴外明美の実母であり、原告ら家族の住居の近くに居住していた。
3 原告徹(当時中学二年生)は、昭和五八年二月七日ころ、補助参加人の右ペットショップで本件インコ(二羽)を購入し、自宅一階の居間において家族とともに飼育していた。
4 ところが、本件インコのうち一羽は、購入してから一週間ないし一〇日後に体全体が震えて餌を食べなくなり、同年二月下旬に死亡し、他の一羽もその後同様の症状を示し、同年三月一〇日前後に死亡した。
5 訴外明美は、同年二月中旬ころから風邪同様の症状を呈し、同月下旬ころから高熱が出るようになり、その後、近医(中沢医院)に通院しながら自宅で療養を続けていたが、病状は一向に改善せず、同年三月三一日、容体が急変して死亡した。そして、横浜市立大学病院で同日行われた解剖の結果、死因は、オウム病性肺炎であることが判明した。
6 原告大は、同年二月二八日ころから訴外明美と同様の症状になり、自宅で静養していたところ、同年三月二日、突如呼吸困難になって淵野辺病院に救急車で運ばれ、同月一一日まで同病院に入院し、また、訴外秋江(同年二月二八日から同年三月一七日まで原告ら家族の手伝いにきていた。)、原告徹及び同真人も、同年三月上旬ころ、次々に風邪のような症状になった。そして、訴外明美が死亡した翌日、原告ら及び訴外秋江は、保健所の勧告に従い、国立相模原病院において検査を受けたところ、原告大、訴外秋江がオウム病性肺炎と、原告真人がオウム病と、それぞれ診断された。
7 オウム病は、鳥との接触によっておこる人の気道感染症であり、重いときには重症な肺炎を起こし、ごくまれには死亡することもある。しかし、軽い場合には、ふつう風邪の症状で、オウム病とは気づかずに経過することも多い。一九二九年から一九三〇年にかけて南米からの輸入鳥が感染源となり、世界各国で流行したことが契機となって、人畜共通伝染病として注目されるようになった。オウム病の病原体であるクラミジアは、哺乳動物及び鳥類に分布するが、鳥とくにオウム、インコ類由来のクラミジア(オウム病クラミジア)が人に対して病原的意義を有するとされている。
伝播様式は、まず鳥についていえば、雛の間に親または汚染環境から、経口あるいは経気道感染する。この時点で、あるものは発症死亡するが、大多数のものは耐過し、不顕性感染する。このような鳥にストレスが加わると、発熱、下痢、食欲不振、痩削、呼吸器症状などを発症して死亡する。排泄物中に、大量の病原体(クラミジア)が存在し、このような排泄物から仲間の鳥あるいは人に伝播する。人は、汚染物あるいは汚染環境から飛び散った病原体(クラミジア)を吸入することにより感染する。
人の潜伏期は、通常一ないし二週であり、発熱、悪寒、食欲不振、頭痛で始まる。重症の感染を起こした時には、急性全身症状あるいは異型性肺炎の症状を呈し、まれに死亡することもあるが、他方、全く無症状か、軽い呼吸器感染症状のみで経過することもある。治療方法としては、テトラサイクリン系抗生物質の投与が有効とされている。
以上の事実によれば、原告徹が、昭和五八年二月七日ころ、被告店内でペットショップを営む補助参加人から購入した本件インコのうち少なくとも一羽がオウム病クラミジアに感染していたこと、そして、本件インコを飼育していた原告ら家族が次々とオウム病クラミジアに感染し、訴外明美は、特に重篤なオウム病性肺炎を発症して同年三月三一日死亡したほか、原告らのうち少なくとも原告大もオウム病性肺炎を発症し、同年三月二日から同月一一日まで淵野辺病院に入院したことが認められる。
なお、訴外明美の死因につき、<証拠>の死体検案書では「急性肺炎(ウィルス性)」とされ、「オウム病性肺炎」とした<証拠>の死体検案書の記載と矛盾するようにも思われるが、<証拠>によれば、右<証拠>の死体検案書は、解剖に当たった横浜市立大学病院の稲村医師が、肉眼的所見のみで作成したものであり、同医師が、その後の組織学的検査、血液検査、家族の病歴などを検討した結果、オウム病性肺炎との確定診断を得て<証拠>に記載したものと認められるから、右乙第八号証の記載は右認定の訴外明美の死因を左右するものではない。
なお、補助参加人は、訴外明美の死亡は訴外中沢医院ないし淵野辺病院の医師の典型的な医療過誤に基づくものであると主張し、本件インコの販売行為との因果関係を争うが、後記認定のオウム病が当時かなり珍しい病気であったこと、また、肺炎と同様の症状を呈し、鑑別が必ずしも容易でないこと、オウム病の感染源となる鳥類を患者が家で飼っているかどうか、通常医師は知りえないことなどの事情を考慮すると、訴外明美らの診療に当たった医師が、オウム病を疑わずに適切な処方をしなかったことをもって、補助参加人の販売行為と訴外明美の死亡の結果との法的因果関係を切断するほどの重大な過失とみることはできないというべきである。
二補助参加人の責任
1 前認定の事実によれば、本件インコの占有者は、実際に飼育していた原告ら家族であり、また、本件インコの売主は補助参加人であることは明らかであり、被告が本件インコの占有者ないし売主であることを前提とする原告の主張は理由がない。しかし、原告は、被告(被告店)が表見的営業主であるとして商法二三条の名板貸人の責任の主張もしているので、その前提となる補助参加人の責任について判断する。
なお、原告は、補助参加人の責任の根拠として、不法行為責任と契約責任を選択的に主張しているから、名板貸の前提としての契約責任について検討する。
2 一般に、売買契約の売主は、買主に対し、売買の目的物を交付するという基本的な給付義務を負う他に、信義則上、これに付随して、買主の生命、身体、財産上の法益を害しないように配慮すべき注意義務を負っており、瑕疵ある目的物を買主に交付し、その瑕疵によって買主の右のような法益を害して損害を与えた場合には、積極的債権侵害ないし不完全履行として、民法四一五条により損害賠償義務があるというべきである(なお、右の契約責任は、信義則上その目的物の使用、消費等が合理的に予想される買主の家族や同居者に対しても及ぶと解するのが相当である。)。
3 これを本件についてみるに、動物の売主に課せられる買主及びその家族等の生命、身体、財産の安全性について配慮すべき注意義務の内容、程度については、売買の目的となった動物の種類、その動物が人間に対してもたらすおそれのある害悪の内容およびその防止方法、売主と買主それぞれが有し得る右害悪についての認識および防止手段の程度など諸般の事情を総合的に考慮してこれを決すべきところ、前認定の事実および<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) オウム病は、クラミジアを病原体とする鳥類の感染症で、本病に罹患し、発症して病原体を排出する鳥類から人に感染し、人の呼吸器疾患等の原因となる人畜共通伝染病であり、昭和三二年に国内において人に感染した例が初めて報告され、昭和五〇年以後、愛玩鳥飼育ブームにあいまって症例も増え、一年に一、二件の割合ではあるが死亡例の発生をみるに至り、新聞などによってその危険性が取り上げられるようになった。わが国の症例は、主としてインコ、オウム類から人に感染している。人のオウム病発症を予防するためには、オウム病クラミジアを保有している鳥の除去が第一であり、そのためには、まず、鳥に対してテトラサイクリン系薬剤入りの餌を計画的に投与することが有効であるが、外見上健康にみえる不顕性感染の鳥も多く、クラミジアの完全な除去は困難とされている。そこで、第二に、飼育者において、餌の口移しなどによる濃厚感染の機会を避けるとともに、病鳥及びそれよりの排泄物などで汚染されたものとの接触に注意することなどが必要とされている。
(二) 日本鳥獣商組合連合会(昭和四五年二月設立、鳥獣類の販売業者等を組合員とする全国三三組合の連合体)は、オウム病がマスコミなどで取り上げられ社会的に注目されていたことから、業者が販売した鳥から伝染病を出さないための業界の自主規制の一環として、昭和五四年五月に社団法人日本愛玩動物協会(以下「愛玩動物協会」という。)を設立し、愛玩動物協会は、そのころ、科学飼料研究所に依頼してオウム病に対する特効薬(テトラサイクリン系抗生物質)入りの餌を製品化して(製品名・ペットリン)、会員に販売するとともに、オウム病についての講習会、講演会、研修会の実施、小冊子等の刊行の他、「愛玩動物飼養管理士教本(一級)」に、①オウム病の臨床的特徴、②オウム病の疫学的特徴、③予防対策、④トリのオウム病などを掲載するなどして、会員(動物販売業者)に対しオウム病についての知識普及に努めていた。なお、昭和五八年当時の全国のペットショップの数は一万二〇〇〇軒程度と推定されるところ、同年六月段階の愛玩動物協会の会員は、全国で一七九九名であった。
(三) 新聞、雑誌等がオウム病をとり上げた例としては、神奈川新聞が昭和五四年五月、一二回にわたり「オウム病」というタイトルで連載記事を組んだこと、健康・体力づくり事業団発行の月刊誌健康づくりが、昭和五八年七月号で「ペットに注意信号、増えているオウム病の実態」という題で記事を掲載していることがあげられる。
(四) 補助参加人は、昭和五三年頃から被告店屋上(五階)でペットショップを営み、主に国産の小鳥、犬、猫、兎、モルモット、ハムスター、熱帯魚、金魚等の小動物を販売していた。なお、補助参加人は、訴外有限会社宮沢養魚場(以下「訴外宮沢」という。)から全ての商品を仕入れていた。
(五) 訴外宮沢は、ペットの卸売業者で、国産の手乗りインコについては、静岡県浜松市周辺及び愛知県豊橋市周辺の生産業者からブローカーと呼ばれる仲介業者を介してインコの雛を仕入れ、補助参加人を含む一五〇余の小売業者に卸していたものであるが、昭和五八年ころ、当時オウム病がマスコミなどで取り上げられていたことから、仕入れた小鳥に対し、オーレオマイシン(テトラサイクリン系抗生物質であることが弁論の全趣旨により認められる。)ないしサルファ剤を水に溶かして与えるなど、オウム病を念頭においた鳥に対する病気の予防策を講じていた。しかしながら、訴外宮沢は、当時、小売業者からの注文に基づいてブローカーに発注し、その翌日には、仕入れた小鳥のほとんど全てを小売業者に卸していたので、補助参加人に卸した本件インコにテトラサイクリン系抗生物質を投与したか否かは、明らかでない。
(六) 補助参加人は、昭和五八年二月当時、愛玩動物協会の会員ではなく、訴外宮沢から仕入れた小鳥を販売するに際し、小鳥にテトラサイクリン系抗生物質を投与することはもとより、オウム病クラミジアの人への感染を念頭においた対策はなんら講じていなかった。
4 以上の事実によれば、昭和五八年二月当時のペット販売業界では、オウム病の危険性が相当程度ポピュラーになっていたものと推認することができる。そして、これに対する業界の啓蒙活動や予防対策も始まっていたのであるから、インコなどの鳥類を顧客に販売する業者には、オウム病について関心を持ち、機会をみつけては愛玩動物協会の講習会等に参加するなどしてその知識習得に努め、商品である鳥の健康状態についてきめの細かい観察を行い、必要があればテトラサイクリン系薬剤入りの餌を購入して鳥に与え、あるいは、卸売業者ないし生産業者に対し、かかるオウム病予防対策を鳥に施しているかどうかを確認し、さらに顧客に対しては、オウム病クラミジアの人に対する感染防止を念頭においた飼育方法の説明を行う(たとえば、口移しで餌をやらない…)など、自己の販売した鳥からの感染による顧客ないしその家族に対するオウム病の発症の予防に努めるべき注意義務があったというべきである。本件においても、補助参加人がオウム病を念頭において、右のような注意義務を尽くしていれば、訴外明美及び原告らの発症ないし死亡は避けることができたと思われる。ところが、補助参加人は、本件インコの売買当時、オウム病の危険性に対する認識を全くといってよいほど欠いて漫然と本件インコを原告徹に販売したものであり、買主及びその家族の生命、身体、財産等の安全に配慮すべき注意義務を尽くさなかったものである。従って、補助参加人は、原告らが蒙った後記損害について賠償すべき責任があるといわなければならない。
5 なお、被告及び補助参加人は、動物が病原体となる雑菌を保有していることはいわば当然であり、動物の売主としては、売った後も病気にならないことを保証することなどできるわけがなく、生き物の売買である以上、売買時点で異常がなければ、その後病気になってもそれは買主の危険負担であって、売主に責任はないと主張する。確かに、動物購入後に、その動物が保有していた雑菌により病気になり、あるいは死亡することは当然にあり得べきことであり(買主もその前提で買っている。)、かような場合に売主が一般的に責任を負うとするのは酷といわなければならない。しかしながら、本件インコが保有していたオウム病クラミジアは、人畜共通伝染病の病原体であり、人がこれに感染すると死亡する可能性のある極めて危険性の高いものであり、買主としてはかかる危険性まで予想して動物を購入しないのが通常であるから、右主張は採用できない。
6 また、被告及び補助参加人は、オウム病クラミジアを保有するインコには、テトラサイクリン系抗生剤を混ぜた餌を与えればオウム病の発症はかなりの程度防止できるとしても、弱小業者である補助参加人に国でさえできないような防疫対策を求めることはできない。また、抗生剤の使用は獣医師に委ねるべきで、販売業者としては、販売にあたり、インコの体内からオウム病クラミジアを完全に除去したり、あるいは体内にオウム病クラミジアのないインコを売るべき義務はない旨主張する。確かに<証拠>によれば、昭和五八年二月当時、国のオウム病対策は緒についたばかりであり、少なくとも末端の販売業者(小売店)に対してテトラサイクリン系薬剤入りの餌を鳥に与えるようにとの行政指導はなされていなかったことが認められ、当時のペット販売業者の間では、かようなオウム病予防対策を講じることは、必ずしも一般的でなかったことが推認される。しかしながら、前記のとおり、業界内部では啓蒙活動や予防対策も始まっていたのであるから、補助参加人に対して、顧客に対するオウム病クラミジア感染の危険性を念頭においた上で、前記のような予防策の実行を期待することが難きを強いるものであるとはいえず、また、小鳥の買主が獣医師に相談することが一般的であるともいえないから、右主張も失当である。
三被告の責任(商法二三条)
1 <証拠>によれば、原告徹は、昭和五八年二月七日の本件インコ購入当時、単に被告店から本件インコを買ったものと考えており、補助参加人が被告とは別の営業主体であるという認識を欠いていたこと、原告らは、本件訴訟前、もっぱら被告店に対して、原告らが同店から購入した本件インコによりオウム病性肺炎に罹患したとして対応を求めており、被告に対して本件損害賠償請求訴訟を提起したのち、被告が本件インコを販売していないと答弁して初めて被告の表見的営業主としての責任原因の主張を追加したことが認められ、以上の事実によれば、原告徹が本件インコを購入した際、被告を営業主と誤認していたことが認められる。
2 <証拠>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告は、チェーンストア形式による総合小売業などを営む株式会社であり(昭和二九年八月四日設立)、昭和六〇年四月時点で首都圏に七二店舗(神奈川県内では二六店舗)を有し、昭和六〇年二月期の年商は二三九六億円であった。そして、昭和五八年二月当時においても、右に近い店舗数と年商があったものと推認できる。
(二) 被告は、昭和五二年ころ神奈川県座間市相模が丘一―二七―二〇に地上四階建(屋上あり)の被告店を開店し(被告店建物には、被告の商標を掲げた大きな看板が掲げられている。)、昭和五三年三月一日、補助参加人との間で、同人が同店に出店してペット業を営むため、要旨次のとおりの出店及び店舗使用に関する契約(以下「本件テナント契約」という。)を締結した(<証拠>)。
(1) 補助参加人は、営業を営むについて常に良質の商品を販売し、顧客へのサービスの充実を図るは勿論、被告及び他の出店者と協調し、店舗の統一的営業方針に基づき被告店の繁栄と信用保持に最善の努力をするものとする(第一条)。
(2) 被告は、補助参加人に対し、同人が被告店でペット業を営むため、同店の屋上部分15.26坪(別紙図面の赤線で囲む部分、以下「契約場所」という。)を賃貸する(第二条)。
(3) 補助参加人は、被告店内で営業を行うについて、その店名または屋号を「山宮ペットコーナー」と称する(第三条)。
(4) 契約の有効期間は、昭和五三年三月一日から二〇年間とする(第四条)。
(5) 補助参加人は、店舗の統一的営業方針ならびに出店者間の合理的均衡を維持するため、被告の承諾した取扱品目(ペット)について営業をなすものとし、これを被告の承諾なくして変更することはできない(第五条)。
(6) 補助参加人は、契約場所の賃料として、固定賃料月額五万三四一〇円、変動賃料月間売上高の二パーセント、共益費として月額三万〇五二六円を支払うこととし、その支払方法については、被告が補助参加人の売上金を毎日管理し、固定賃料、変動賃料、共益費、その他の諸経費を控除して補助参加人に返還することとする(第六、第七、第一二条)。
(7) 補助参加人は、契約場所及び共用部分における営業時間、休業日、店舗の開閉時間、昇降機の運転時間、商品物品の搬入搬出、警備、清掃、広告、設備保全、売上金の管理、従業員の就業等、日常の営業行為またはその付随行為については被告が定める店内規則を遵守し、店内規則に定めのない事項については、被告の指示に従わなければならないものとする(第一五条)。
(8) 補助参加人は、被告の名義または補助参加人の名義以外の第三者の名称、商号を使用・表示する行為をしてはならない(第二四条(4))。
(9) 契約期間中といえども、補助参加人が経営努力を怠り他の出店者との営業成績を比較した場合補助参加人の営業成績が著しく低下していったとき、被告がその成績向上につき示唆するもその成果が向上しないときには、被告は、催告を要せず即時契約を解除することができる(第二九条(10))。
(三) 補助参加人は、昭和五三年三月一日以降、契約場所において、当初山宮ペットコーナーの名称でペットショップを営んでいたが、被告店が改装された際、店内案内板に間違えてペットショップ八島と表示された後は、特にこれに異議をとなえることなく、ペットショップ八島ないし八島ペットの名称で営業を続けていた。
3 ところで、商法二三条の法意は、第三者が名義貸与者を真実の営業主であると誤認して、名義貸与を受けた者との間で取引をなした場合に、「自己の名称を使用して営業をなすことを許諾したこと」を帰責事由として、名義貸与者(表見的営業主)に真実の営業主と同様の責任を負わせ、もって、名義貸与者が営業主であるとの外観を信頼した第三者を保護し、取引の安全をはかるというにあるところ、原告は、被告は同一外観の営業店舗を各地に設け、その商号である「忠実屋」について営業上の信用や名声を博しているものであるところ、被告のテナントである補助参加人にその信用・名声を利用させ、その対価を賃料名目で収受しているのであるから、補助参加人に対し、自己の商号利用行為について明示の許諾を与えたのと同視できる旨主張する。
確かに、一般に名義貸の目的は、名義借人が名義貸人の信用や名声を利用して自己の営業を有利に運営しようとするにあるところ、本件においても、補助参加人は、首都圏に多数の店舗を有し大々的に総合小売業を営んでいた被告の店舗にテナントとして入ることにより、被告の信用や名声を利用して自己の営業を有利に展開しようとしたことが容易に推認される。他方、被告は、被告の商標を大きく掲げた四階建て建物(屋上あり)を店舗として自己の営業を行い、その店舗内の一部に出店を許したテナントに対し、被告店の統一的営業方針に従い、その繁栄と信用保持に最善の努力を尽くすことを要求するとともに、営業時間、休業日、商品等の搬入搬出、売上金の管理、取扱品目変更の原則的禁止など様々な営業上の制約を課し、また、店内数か所にテナントの表示を含む店内(館内)案内板を設けるなどし、総合小売業としての店舗全体の営業を統一的に行っていたことが認められる。このような事実関係のもとでは、補助参加人の営業はあたかも被告店の営業の中に組み込まれその一部となっているかの如き外観を呈し、被告の店舗内で買物をするという意識で来店する一般買物客からすると、特段の事実のない限り、補助参加人の営業を被告の営業と誤認するのは、むしろ避け難いところであると思料される。したがって、取引の安全を保護する見地からして、本件においても、商号使用の許諾があった場合に準じて、商法二三条を類推適用し、補助参加人の営業を被告の営業と区別するに足りる何らかの標識が備えられていない限り、被告について名義貸人の責任を肯定するのが相当であるというべきである。
4 そこで、以下、右標識の存否について検討する。<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定に反する「補助参加人が屋根のひさしの垂れと、ガラスに「八島ペット」という表示をしていた。」旨の<証拠>は、前掲各証拠に照らしてにわかに措信できない。
(一) 被告店においては、一階から四階まで被告直営の売場があり、原則として、スーパーマーケット販売方式(すなわち、顧客は、スーパー専用の買物かごを持ち、購入する品物を買物かごに入れ、その階のレジで代金を一括して支払う方式)で営業がなされていた。なお、被告の従業員は、原則として、制服を着用していた。
(二) 他方、被告が自己の店舗内で外部の業者に営業させる契約形態には、大別してテナント契約と催事契約があり、テナント契約では、前述(2(二))のとおり被告が場所を貸して賃料その他共益費をとるだけで営業主体はあくまでテナントであるのに対し、催事契約では、被告が特定の業者に委託して店内の一定の場所において営業を行わせるもので、営業主体は被告である。そして、テナントも催事業者も、それぞれ独自のレジを設け、対面販売方式で営業を行っていた。
(三) 昭和五八年二月当時、被告店には、補助参加人を含む約一二のテナントが入っており、店内数か所に設けられた顧客案内用の館内表示板には、各フロアー毎に被告が販売する商品の種類が黒文字で、その右横にテナント名が青文字で表示され(右各表示板のRF(屋上)の部分には、青文字で「プレイランド」及び「ペットショップ八島」と表示されていた。)、また、各テナント賃借り部分の前の天井から横約四〇センチメートル、縦約三〇センチメートルのテナント名を書いた同型の看板が吊り下げられていた。
(四) 補助参加人は、昭和五三年三月一日以降、契約場所内にレジを設け、当初山宮ペットコーナーの名称でペットショップを営んでいたが、被告店が改装された際、店内案内板に間違えてペットショップ八島と表示された後は、特にこれに異議をとなえることなく、八島ペットと表示されたレシートを発行していた。なお、補助参加人は、被告従業員の制服を着用せず、包装紙や代済テープも被告のものとは異なるものを使用していたが、右レシート発行の他には、自己の名称を積極的に表示することはしていなかった。
(五) 被告店の屋上では、補助参加人がペットショップを営業していた他は、プレイランドと称して有料の子供用遊戯器具が設置されているだけであり、被告直営の売場は存在しなかった。そして、店内の四階から屋上(五階)に上がる階段の登り口に設置されたプラスチック製屋上案内板には、「屋上遊園地、ペットショップ」と比較的大きな赤文字で表示され、また、四階から屋上に上がる階段の踊り場正面の壁には、樹木を型取った黄緑色の模様の中に、比較的大きな青文字で「ペットショップ」及び「屋上遊園地」の表示がなされていた。
(六) 補助参加人が被告から借りていた契約場所は、壁ないし板ガラスで仕切られ、出入口にはガラス製の片開き戸が設けられていたが、補助参加人は、契約場所をはみ出し、四階から五階に上がる踊り場や五階の階段を上がったホール、屋上(戸外)への出入り口外部など(別紙図面斜線部分)に、値札を付けた水槽、鳥籠、犬小屋、金魚、犬などの商品を置き、また、屋上(戸外)には釣堀用の水槽を置いてこれを管理しており、契約場所以外の壁に「大売り出し」と大書した紙を何枚も貼りつけるなどしていたが、被告は、これを黙認していた。
(七) 平成二年九月二八日当時、被告店内では、八店のテナントが営業していたところ(補助参加人は平成元年一〇月三一日に退店した。)、小出カメラ(一階)、つじむら、コミヤ、ナヲミ(二階)の四店は、前記同型の看板の他に、各自の賃借り部分の外側に沿って天井から自己の名称(商号)を表示した独自の看板を吊り下げるなどして、自己の営業と被告の営業を区別する方策を講じていたが(検証調書添付写真⑰⑳)、他方、一階菓子店「金花」のように、被告と短期営業契約を締結し、自らは看板を掲げずに営業をしているテナント(検証調書添付写真)や、一階「いずみ花園」のように、被告から借りている場所を大きくはみ出して商品を展示しているテナントも存在した(検証調書添付写真)。また、二階北西側の左右を壁で仕切られた催事売場(テナント退店後のスペースを利用したもの)、並びに、一階の医薬品売場及び資生堂化粧品売場(天井から「医薬品」ないし「資生堂化粧品」の看板を吊り下げていた。)のように被告直営ではあるが、レジが別で店員が被告の制服を着用しておらず、被告直営であることが一見して明らかでない売場も存在した(検証調書添付写真)。
5 右認定の事実中、被告が、補助参加人の店の前にテナント名の入った吊り看板を設けるとともに、館内表示板のRF項にテナントであることを示す青文字でペットショップ八島と表示していたこと、また、補助参加人も、独自のレジで八島ペットと記載されたレシートを発行し、被告の制服を着用せず、包装紙、代済テープも被告のものとは異なるものを使用していたことは、顧客に対し、補助参加人の営業と被告の営業とを区別する標識としての意味をある程度は有していたものと認められる。
しかしながら、他方、前認定の屋上(五階)には、補助参加人のペットショップと屋上遊園地(子供用遊戯器械が置いてあるもの)があるだけで、被告直営の営業部分は存在しなかったこと(従って、レジも補助参加人のもの一か所だけであった。)、四階から屋上への登り口に設置された屋上案内板等にもペットショップと記載されていたのみで、補助参加人の名称(商号)は表示されていなかったこと(他のテナントについては、かかる案内板は設置されていない。)、補助参加人は、屋上に上がる階段の踊り場から階段を上がったホール等に値札をつけた自己の商品を置き、契約場所以外の壁に大売り出しと書いた紙を何枚も貼り、また、屋上戸外に釣堀を設置してこれを管理するなど、契約場所を大きくはみ出して営業していたこと、補助参加人の店の前の吊り看板は、比較的小さいもので、目立ちにくいこと(検証調書添付写真のいずみ花園の看板参照)、これに対し、一階ないし二階で営業するテナント四店(小出カメラ、つじむら、コミヤ、ナヲミ)は右同型の吊り看板の他に、それぞれの賃借り部分の外側に沿って天井から自己の名称(商号)を表示した独自の看板を吊り下げるなどしていたこと、被告が館内表示板にテナントを青文字で表示していたとしても、顧客がその表示板を見てから買物をするとは限らず、また見たとしても、青文字で表示された部分について営業主体が異なることを意味すると理解できるとは限らないこと、取り扱う商品によっては、被告直営でも被告の制服を着用しない場合があり(たとえば、被告直営の一階医薬品売場の店員は、白衣を着用している。…検証調書添付写真)、店員が制服を着用していなかったとしても被告の営業でないとはいえないことなどの事情に、本来被告店舗内でのテナントの営業が被告の営業と誤認されやすいことを併せ考慮すると、前記のように吊り看板やレシートに補助参加人の名称が記載され、また、補助参加人の服装、包装紙、代済テープが被告のものと異なっていたとしても、一般の顧客をして被告店内における補助参加人の営業を被告の営業と区別させる標識としてはいまだ十分ではないと判断される。
のみならず、被告は、顧客に対する屋上案内板等にペットショップがあることを積極的に表示し、さらに、補助参加人が契約場所を大きくはみ出して営業するのを黙認していたのであるから、被告には、営業主体を誤認させるような外観作出について、本件テナント契約の締結のみに止まらない帰責事由があるというべきである。
6 以上の次第で、被告は、商法二三条の類推適用により、補助参加人と連帯して、本件インコの売買により原告らが蒙った後記損害について賠償すべき責任があるといわねばならない。
四原告らの損害
1 訴外明美の損害
(一) 逸失利益 二一三四万五五六九円
<証拠>によれば、訴外明美は昭和二一年一〇月一九日生まれの主婦(死亡時満三六歳)で、本件事故により死亡しなければ、満六七歳までの三一年間家事労働に従事し得たものと認められるから、その間の逸失利益の現価は、昭和五六年賃金センサス産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者の全年齢平均賃金一九五万五六〇〇円を基礎とし、生活費として三割を控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると(ライプニッツ係数15.593)、次の計算式のとおり二一三四万五五六九円となる。
1,955,600円×0.7×15.593
=21,345,569円
(二) 慰謝料 一四〇〇万円
前記の訴外明美の年齢、家族構成、その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、訴外明美本人の慰謝料としては、一四〇〇万円をもって相当と認める。
2 原告らの相続
前認定のとおり、原告大は訴外明美の夫、原告徹、同明大、同真人はいずれも同人の子であるから、訴外明美の死亡により、原告大は二分の一宛、原告徹、同明大、同真人はそれぞれ六分の一宛右訴外明美の損害賠償請求権を相続した。
3 原告ら固有の慰謝料
(一) 原告大 一五万円
前認定のとおり、原告大も本件インコから感染したクラミジアによりオウム病性肺炎に罹患し、昭和五八年三月二日から同月一一日まで淵野辺病院に入院し、その後も国立相模原病院を受診したものであるから、同人のオウム病発症についての慰謝料としては、一五万円をもって相当と認める。
(二) 原告徹、同明大、同真人 各〇円
前認定のとおり、原告徹及び同真人は昭和五八年三月上旬ころ、次々と風邪のような症状を呈したが(原告真人については、国立相模原病院においてオウム病の診断がなされている。)、同人らがオウム病を発症したものだとしても、いずれも症状が軽く、慰謝料を認めるのは相当でない。また、原告明大については、オウム病を発症したことを認めるに足りる証拠がない。
4 以上によれば、原告らの損害は次のとおりとなる。
(1) 原告大 一七八二万二七八四円
(2) 原告徹、同明大、同真人 各五八九万〇九二八円
五結論
原告らは、右損害の内金としてそれぞれ請求の趣旨記載のとおりの請求をしているので、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告大が一二五〇万円、他の原告らがそれぞれ四一六万六六六六円及びこれらに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年二月一二日から年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求(昭和五八年四月一日以降同六〇年二月一一日までの遅延損害金)は棄却することとし、訴訟費用の負担については、民訴法八九条、九一条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官清水悠爾 裁判官宮川博史 裁判官今村和彦)
別紙図面<省略>